国蝶が舞う
 

 

 

 
 


国蝶「オオムラサキ」の雄 (クリックで拡大写真)

 


我が国の国花が「サクラ」であること知らぬ人はいないと思うが、国鳥がキジであることを知っている方はどのくらいいるだろうか? さらに、国蝶の名前を挙げれる人となると100人に一人もいないかもしれない。 「オオムラサキ」が国蝶に措定されたのは、1957年の日本昆虫学会40周年記念大会であるから、もう半世紀以上前のことである。

オオムラサキは、エノキを食樹とする蝶で、冬は幼虫が木から下りてきて、枯葉の裏で越冬をするという習性を持っている。 実はこの習性が禍し、かつては関東平野でも多く見られたが、最近はその数が激減してしまって、めったに見ることができなくなってしまった。

というのは、冬の間、枯葉が掃除されると、オオムラサキの幼虫も気づかれずに一緒に処分されてしまうからである。 幸い、私が住む町の一角に、我が国有数のオオムラサキの生息地があり、そこには「オオムラサキセンター」と呼ばれるオオムラサキの保護と育成に力を注いでいる施設があり、施設の内外で美しい 国蝶の姿を見ることが出来る。

このオオムラサキの成長過程には産卵から羽化まで幾段階もの変化があるのだが、なかでも、サナギから羽化までの変化は実に神秘的である。 以前から、この奇跡的な生命誕生劇と羽化の様子を是非見てみたいと思っていたが、今回、幸運にも、この羽化の時期に時間が取れたので、毎日、センターに通って 幼虫の脱皮とサナギの羽化の様子を観察することにした。

今回2回にわたって掲載する写真は、6日間、およそ30時間の観察と撮影の記録である。

 

産卵・幼虫の6変化

オオムラサキの誕生劇は毎年7月の中旬から下旬にかけての産卵から始まる。一羽の雌が数回に分けて約400個の卵を産む。その大きさは約1ミリ、1週間で孵化し幼虫となる。 秋までに2齢 、3齢幼虫を経て、4齢幼虫が越冬する。(東北や北海道では3齢幼虫が越冬)

翌年、春が来て起眠した4齢幼虫はさらに3回脱皮を繰り返し、最後は食樹であるエノキの葉を食べてまるまる太った6齢幼虫となる。6月に入る頃から いよいよ最後の7変化、幼虫からサナギへの変身が始まる。

実はこのサナギとなる最後の脱皮現象を観察するのはなかなか難しく、めったに目にすることが出来ないのだ。今回何日もかけて粘った甲斐があって、幸運にも およそ2〜3分間の不思議なサナギ化現象を撮影することが出来た。

 

6齢幼虫

6齢幼虫の大きさは5〜6センチ。マクロレンズを通して頭部をアップで見ると、角のある顔には可愛い目と口、鼻がありなんとも愛らしい 姿が浮かび上がる。 レンズを近づけると、顔を伏せたり、避けたりするところを見ると、完全な知能と判断力を持っていることは確かである。しかし、サナギ化(蛹化・ようか)する際、不思議にもこの頭部は、最初に離れ落ちてしまうのである。(蛹化写真の最後を参照)

 



 


6齢幼虫3体  @
 

A

B

 

サナギ化

霊長類のトップに立つと信じている人間、しかし、二本の腕の片方が不自由でも下着の脱着は難儀である。ましてや両腕が使えなかったら、どうにもならない。しかし、幼虫は細い枝にぶら下がった状態で、手も足も使わずに見事に不必要になった外皮を脱ぎ捨てることが出来るのである。

不思議なのは、脱皮をコントロールする頭部が幼虫の肉体から離れることから、脱皮が始まることである。頭脳部分はいち早くサナギ化(蛹化)するのだろうか。

手足を使わない不思議な脱皮現象の最後に、さらなる驚きが待っている。枝とつながっていた幼虫の外皮が離れる直前、わずか何十分の1秒の間に、サナギの最後部の尾びれのような部分が枝に付着して、体重を支えるのである。
 



 


頭を下にぶら下がった
状態になると、数時間して
頭部から脱皮が始まる
 

頭部は離れ、身体の
半分が脱皮

脱皮を完了
まだこの状態では幼虫の
外皮で枝につながっている

 



 


この段階で、今度はサナギ
自体が枝とつながった
 


脱皮した外皮は完全に
離れ落ちている
脱皮に要する時間はわずか
3分ほどであった
 

サナギの頭部と足が
残った外皮。まさに
脱ぎ捨てた衣装である

 

 

 ★  次回は、サナギから蝶へ。サナギの内部で、20日間にわたって演じられる不思議な
     溶解現象の後に起きる、神秘的な羽化の様子をご覧に入れます。