ヒナを襲う脅威
巣を離れてから1週間ほど、ヒナたちは生け垣から離れない日々が続いた。しばらくすると成長の早いヒナが3羽ほど近くの柿の木や梅の木に止まるようになった。しかし葉の中に隠れて動かないため、
その姿を見ることが出来ない。親鳥が餌をやりに来たときに鳴く声で、その辺りにいることがわかるだけだ。
飛べば飛べるはずなのに、なぜ葉の陰で動こうとしないのだろうかと、疑問に思っていると、ある日親鳥のけたたましい鳴き声が聞こえてきた。外敵が近づいたときに発する警戒
と威嚇の鳴き声だ。外を眺めるとカラスが4羽生け垣の近くの高い木にとまり、なにやら周囲を伺っている。巣立ったヒナを餌にしようと狙っている。
見ていると、危険を察したモズの親たちは、果敢にもカラスに威嚇行為を始めた。自分より数倍も大きなカラスに向かって、体当たり攻撃を始めたのだ。しかし相手は4羽、頭のいいカラスは1羽が攻撃されている最中に、残りの3羽がねらいを定めたように
ヒナのいる梅の木に向かって飛び込んでいく。
ヒナを見つけたのだろうか。ギャーギャーと凄い鳴き声を立てて木の中を探し回っている。その様子は、まるで潜伏したアルカイダ兵の建物に、銃を乱射しながら飛び込んでいくアメリカ軍のようだ。幸いにも、ヒナは一瞬早く
、近くの生け垣の中に潜り込んだようで、餌にならずにすんだ。ヤレヤレである。
成長するまで葉の陰に身を隠して、飛び回らない理由がわかった。上空からその姿を見つけられたら、カラスや猛禽類に一瞬にしてやられてしまうからだ。注意して見ていると、餌を採りに行くとき、雄雌のどちらかが巣の周辺に残って周囲に目をやっている場合が多いが、いざというとき警戒心の薄いヒナに注意するためのようだ。
ようやく姿を見せたヒナ
最初のヒナが巣を出てから12日目の夕方、観察していると、一羽のヒナが初めて
近くの電線にとまった。あわててカメラをセットしていると、運良く雄親が餌をくわえて戻ってきた。裂けんばかりに口を開けたヒナが、電線の上で羽ばたきを始めた。
口移しされた餌を食べ終わったあと、寄り添ったヒナと親鳥に幸せな一瞬が訪れ
る。生け垣の中からその様子を見ていた他のヒナが2羽、電線に飛び移りピーピーと餌をせがみ始めた。雄雌交代で餌を運ぶペースが早まる。
至福の時は長くは続かない。しばらくすると、餌をせがむヒナの鳴きを聞きつけたのか、遠くの空からカラスが数羽飛んでくるのが見えた。天敵の来襲である。一瞬、親鳥が警戒音を発すると、ヒナたちはあっという間に生け垣の中に隠れた。
無事、成鳥として飛び立つまで、モズ親子が心休まることはなさそうだ。
悲しい報告
6月30日、異様な鳴き声がしたので外へ出てみると、隣家の屋根の上でカラスが三羽、不気味な声をあげながら、餌を取り合っている。双眼鏡で見ると、捕獲した獲物の肉を千切りあっているようだ。どうやら、あの鳴き声からして、モズのヒナが襲われたのは間違い
なさそうだ。
カラスは小さな野鳥のヒナを餌にするが、襲う時期はヒナが成長し成鳥になる直前である。近年、ツバメが激減している要因の一つは、ヒナがカラスに襲われるからであるが、ヒナを狙うのは飛び立つ直前である。カラスはツバメや野鳥のヒナが食べ頃になるまで待っているのだ。
その日の夕方から、突然、雌の姿が見えなくなった。餌探しのために少し離れた場所に行っているのだろう。 そう思って翌朝、雌の姿を探したが見つからない。見ていると、雄が1羽でせっせと餌を運んでいる。
昨日の異常な気配はカラスの襲われたヒナを守ろうとして、雌親までが災難にあってしまったようだ。三羽のカラスのうち1羽は子どもであった。カラスにしてみれば、子に餌を与えるための捕獲行為に過ぎないのだが。普段、こうした自然の生態系を目に
することが少ない者にとってはショッキングである。
7月3日、巣立ちから2週間が過ぎた午後、ヒナは生け垣から出て近くの木木々の間を飛び交うようになった。残された雄親が檜(ひのき)の木のてっぺんからその様子を眺めている。給餌と見張りの二役を一手に引き受け
ることになった雄親は大変だ。人間ではとっくに過労で倒れているに違いない。
どうやら孵った6羽のヒナのうち、残ったのは2羽だけだったようだ。生存競争の激しさを見せつけられた思いがする。残されたヒナたちが無事成長するのを願わずには
おられなかった。