|
|
|
|
新しい校舎を見る
河岸まで迎えにきてくれた先生や子供たちに案内されて、学校へ向かうと、岸から斜面を登った高台に新しい校舎が建てられていた。それにしても、この急斜面は粘土質で登るのが大変だ。雨でも降れば滑って危険きわまりない。 よくこんな道を使って重い建築資材を運んだものだと驚く。セサルによると、クスコから2台のトラックと4艘(そう)の船で運んだ資材は、父兄が総出で運び込まれのだという。 校舎の建設は、大工仕事やペンキ塗りなどそれぞれ得意の分野を父兄が受け持ったようだが、見た目には素人の仕事とは思えないほどよくできている。 校庭の隅に、古い校舎の一部が残されている。ウサギ小屋を大きくした程度の造りに驚かされる。これでは、雨期になると、くるぶしまで水に浸かって授業を受けることになるのが分かろうというものだ。 先生に案内されて校舎の中にはいると、内部も思っていた以上に綺麗に出来上がっており、ホッとする。先生によると、新しい校舎が出来上がった後、50人弱だった生徒の人数が60人を超すほどに増えたといことだ。新しい校舎を見ると、子供たちも学校へ来たくなったのだろう。 校舎のまわりを眺めると、食事を作る建物やトイレは昔のままで、とても清潔とは言い難い。次回はこの辺の改装が必要のようだ。 キャンプファイアー キャンプのために校庭にテントを張る。このようなことに不得手な我々に代わって、セサル一族や応援のグループが手際よく張っていく。 夜のとばりが降りると校庭の真ん中に薪(まき)が運び込まれ、村の人々の歓迎キャンプファイヤーが炊かれる。集まった父兄や子供達が輪となり、酒と踊りの始まりだ。彼らにとっては貴重なはずの酒、ビールや濁酒(どぶろく)がふるまわれる。 彼らの踊り好きは大変なもので、アンデス音楽に合わせて休む間もなく踊り続ける。輪の真ん中に引っ張り出され、次々と村の女性陣の相手をさせられる私が履いている靴は、重い登山靴。2〜2曲続けるともうくたくただ。 少し休もうと席に戻ると、今度は男性陣から乾杯、乾杯の追い打ちがかかる。彼らは乾杯を「サルー」ンという。村の男どもを相手では、数が多すぎる。立て続けの乾杯に一息入れていると、今度は子供達がやって来て踊ろうと誘う。 踊りながら輪の外を見ると、暗闇の中に明かりが動いている。セサルに聞くとお母さん達が我々の食事を用意しているのだという。しばらくすると、出来上がった食事が持ち込まれる。鶏肉だとばかり思って食べた我々は、翌朝、その姿焼きを眺めて驚くことになる。実は、それは「クイ」と呼ばれる森の中に住む動物で、彼らにとっては貴重なタンパク源のようである。 延々とつづいた酒宴は、深夜の二時頃ようやくお開きとなる。テントに入ると、あっという間に眠りに落ちた。 開校式 昼頃から開講式典が始まる。生徒と父兄が左手を胸に、国歌を斉唱する姿に驚かされる。国の支援がほとんど届かないこんなジャングルの中でも、彼らにとってはペルーは誇りある国家なのだ。ワールドカップなどの国際大会で、自国の国歌をろくに歌えない、我が国の代表選手の姿を見ている私には、村の人々の姿はただただ驚きであった。 幼少組みから年長組までの生徒たちが、仮装して次々と演技を披露してくれる。どこへ行っても子供達は可愛らしいものだ。 式典の最後に、日本からのお土産のノートや鉛筆、絵本や折り紙などを子供たちにプレゼントする。子供達の嬉しそうな顔と目の輝きを見ていると、これまでの労苦が消えてしまうようだ。 父兄や子供達との記念写真を撮って、名残り尽きない学校を後にする。河岸まで送りに来られた村人がちぎれるように手を振っている。付属施設の手直しを心に期して帰路につく。
|
キタパライの子供達が
|
校庭でキャンプする |
翌朝集まってきた子供達 カメラを渡すと物珍しそうに覗いていた |
子供達はこんな筏(いかだ)に乗って 渡河し、通学している |
校庭の隅の小枝につるされた布袋 この中には何が入っていると思いますか? のぞき込んだそこには、赤ちゃんの愛くるしい目が! 毒蜘蛛や毒蛇などから子供を守るには、この方法が一番安全なのだという
|
河岸を歩く牛 |
早朝、近くの河に釣り
子供たちに化粧してもらったお姉さんたち
|
開校式で、胸に手を当て国家を歌う子供達 @ |
A
|
演技を披露してくれる |
A |
B |
村の大人たちも飛び入りで、ダンスに興じる
|
夜のキャンプファイアーは夜半過ぎまで続く |
新しい校舎の前で |
新しい教室で |