零下23度の厳寒
早朝、4時起床、今回の撮影行の目玉であるタンチョウ(タンチョウヅルとも呼ぶ)の撮影のため、釧路の北部にある鶴居村(つるいむら)に向かう。そこには
村の名前の通り、タンチョウの生息地があり、写真撮影の有名なスポットとなっている。車でおよそ1時間余、先ずは、村の中心地を抜けてタンチョウがねぐらとする雪裡川(せつりがわ)へ
向かう。
5時半、目的地に到着。すでに橋の上には、十数本の三脚が立ち並んでいる。橋から200mほど先の川面には、「けあらし」と呼ばれる水蒸気の霧が立ちこめ、川岸の木々には樹氷の華が咲いている。そんな幻想的な風景の中に遊ぶタンチョウを撮るには、
夜明け前からの準備は欠かせない。
撮影者の中にはドイツやロシアなど諸外国からやって来たカメラマンもいる。タンチョウヅル
はユーラシア大陸東部や中国東北部などにも生息しているが、それらの地では、冬将軍の到来と共に温暖な地に移動してしまうため、雪景色の中でその姿を見ることは出来ないのだという。
橋の上からタンチョウたちまでは距離があるので、最低600ミリ以上のレンズは必要だ。それに、一瞬の霧の切れ目に撮影しないと、霞んでしまってタンチョウの姿を浮かび上がらせることが出来ない。それには、「けあらし」と「霧氷」と「タンチョウ」の三つの役者が揃
う瞬間を辛抱強く待ってシャッターを切るしかない。
北海道方面はこのところ連日の冷え込みが続いているようであるが、今朝は特に厳しく、外気温はマイナス23度を超している。ここまで冷えるとと、カメラ全体を厚手の布で覆っておかないとバッテリーが上がってしまって撮影にならない。
この日同行した宮城君の住む沖縄は26度の真夏日、実に50度の温度差である。
8時過ぎ、「けあらし」が消え出したところで撮影終了。その後、車の中で軽い朝食と仮眠をとったあと、タンチョウのコロニーがある鶴見台に向かう。10時過ぎには、雪裡川のタンチョウが餌を求めて鶴見台に集まってくるからだ。
念願のタンチョウの舞いがもうすぐ見れそうだ。
鶴の舞
タンチョウヅルは古来より端鳥といわれ、アイヌの人々には「サルルカムイ」(湿原の神様)として敬われてきた。全長1.6m、翼を広げると2mを超し、体重は7〜12sにもなる。
乱獲により、大正時代に末期には、わずか20数羽にまで激減したが、幸いにも官民上げての保護活動により絶滅を免れることが出来た。その後、昭和27年には国の特別天然記念物に指定され、現在は1000羽を超すまでになっている。
現在、鶴見台のある場所はかっては下雪裡小学校があった場所である。昭和37年に校長先生がタンチョウの保護活動を通して児童の野鳥に対する関心を深めようと、教育活動のひとつとして給餌に取り組んだことが、村ぐるみの保護活動の始まりとなった。
しかしその後、学校が移転してしまったため、隣接する畑を所有する 「渡辺とめ」 さんが餌をやることになった。鶴見台には150羽から200羽が集まり、10時頃から夕方まで過ごしている。その姿を見ようと連日観光客が押し寄せ
、見学者のとぎれる間がない状況が続いている。
タンチョウといえば鶴見台、鶴見台といえば渡辺とめさんというくらい、タンチョウヅルの番組には必ずとめさんが登場している。そんなとめさんの姿を見かけたのでお話を伺ったところ、お年は89歳だという。お元気でとても
、とてもそんなお年には見えない。
タンチョウは3月頃繁殖をして、そのあと雌は釧路湿原に向かいそこで産卵、5月にはヒナがかえる。これから繁殖期に入るので、この時期は求愛のディスプレイが始まる時期である。
しばらくすると、あちらこちらで、期待通りの動きが始まった。
首を垂直に立てながら独特の甲高い鳴き声を上げたり、時には
空中高く飛び上がったり、雄雌が首を巻き付けるようにすり寄ったり、それは忙しい求愛行為である。
そんな風景を撮影しようとカメラを向けるのだが、百羽近いタンチョウの中からディスプレイする2羽にカメラを合わせるタイミングがむずかしく、なかなか思うように撮れない。今回2日間にわたって10時間近く撮影した中で、納得のいく写真はほんの数コマ
。いつものことながら、満足のいく写真を撮るには撮影回数を重ねるしかなさそうである。
鶴の恩返し
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渡辺とめさんと鶴見台の前で
この看板のすぐ裏側にとめさんの自宅がある
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とめさんは餌をやり続けて、今年で43年になるというから、89年の人生の半分を給餌してきたことになる。お陰でこうして多くの観光客が、タンチョウヅルの艶やかな姿や華麗な舞を間近で見ることが出来るという訳である。
そんな渡辺さんからツルの恩返しに似た興味深い話をお聞きした。鶴の恩返しとと言えば、世話になったおじいさん、おばあさんにツルが織物を織る話が有名であるが、とめさんの受けた恩返しは少し違
ったようだ。
とめさんは数年前、鮮明な夢を見せられたという。どうやらそれは、ツルの背中に乗せられて、日本の名所旧跡を訪ねる旅であったようだ。次から次へと旅を続け、
まるで実際にその場所に立って風光明媚な景色を見せられているようで、感動と感激の連続であったという。
訪ねた場所は一度も行ったことのない所が多く、後で人から写真を見せてもらったところ、夢の中で見た風景がそこに写っていたので驚いたという。夢路の旅は次々と続くので、最後に思わず「もう満足だから、家に帰しておくれ!」と大声で叫んだそうだ。
あまりに、真に迫った声だったので、隣に寝ていたご主人が驚いて、いったいどうしたんだと聞き返したほどだという
から臨場感たっぷりの旅であったようだ。あれから数年たった今でもその夢は鮮明に覚えているところを見ると、それは、単なる夢ではなく、ツルの精霊に導かれた魂の旅だったのではなかろうか。
たくさんのツルたちが長い間毎日毎日餌をもらい続け、成長して卵を産み、孵(かえ)ったヒナはまた成長し、繁殖してヒナを産む。そうやって、43年間にとめさんにお世話になった鶴の数は、数百羽を超えていることを考えると、ツルたちの恩返しは十分にあり得る話である。
鳥獣を愛したとめさんは、今度はきっと鶴たちと一緒に、故郷の星に向かってアセンションの旅をすることになるに違いない。私はとめさんの話を聞きながら、『5次元入門』に書いた川面凡児翁とハイエット卿の話を思い出していた。
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着地する若鶏
3才ぐらいまでは、頭と
尾が茶褐色をしている。
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成鳥
白、赤、黒のコントラスが
タンチョウの艶やかさ
を醸し出している。 |
ディスプレイ @
跳躍する雄 |
ディスプレイA 鶴の舞い |
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雪裡川に遊ぶタンチョウ
「けあらし」が朝日を浴びて
黄金色に輝いている。
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「けあらし」と「霧氷」が
幻想的な雰囲気を醸し
出している。 |
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