ブリッジで船長と話す
2度の上陸で疲れたせいか、昨夜はぐっすり寝入って朝4時過ぎに目覚めた。まだ窓の外は暗闇である。南極大陸沿岸とはいうものの、この辺りは南緯66度33分以北で、南極圏の外にある。そのため北極点や南極点近くで見られるような白夜とはならない。この時期だと朝6時前に日が昇って、日没は9時頃である。
昨夜の旅の整理をして、5時過ぎにブリッジに上がっていくと、暗い船内で船長や航海士が黙々と海図とレーダーを眺めている。南十字星を見てみようとデッキにでると、外は凄い寒さで吹雪いている。これでは今日の上陸は大変だと覚悟を決めて中にはいると、船長が話しかけてきた。
ロシア訛の英語と、片言の英語では話はどうしてもとぎれとぎれになってしまう。おまけに室内が暗くて表情が見えないときているから尚更しんどい。それでもしばらく話しているうちに、船長のこれまでの航海の体験談の幾つかを聞くことが出来た。数え切れないほどの国を訪ねているが、残念ながらまだ日本へは行ったことがないといっていた。
ウラジオストックの生まれで、奥さんや家族も現在そこに住んでいるとのことであったので、日本への関心は殊の外あるようだった。今一番訪ねてみたい国は日本だという言葉もまんざらリップサービスではないように感じられた。
ニッカ(Neko Chanel)海峡へ入る
朝食を済ませて再びブリッジに上がると、いつの間にか空は大分明るくなり薄日が射し始めていた。よかった! 船はニッカ海峡へ入って今日の最初の上陸地点へと向かっている。今日は南極大陸に初めて上陸するスケジュールになっているがこの天気だと大丈夫だろう。
大陸が近づいてくるにつれ、海岸までせり出した高い山々とそれをおおう氷河が見えてきた。実は南極に来るまでは、私は南極大陸の海岸沿いは、厚い氷に覆われ平坦な土地だとばかり思っていた。ところが今、目にしている光景は、それとはまったく違っていた。
南極大陸は2000メートルから3000メートルの厚さの氷床(氷河)に覆われている。そのため数兆トンの重さが大陸にかかっていることになり、大陸はおよそ1000メートル近く海面に沈んだ状態になっているのだ。
そのため、南極の山々はそのすそ野が海面下に沈んでしまっているため、見た目には、突然海岸から高い山や山脈がせり出しているように見えるわけである。もしも南極大陸の氷がすべて解けたら広い裾野を持った山々が現れることになる。しかしその時地球上の海面は70メートルから100メートルは上昇するだろうから人類にとっては一大事となってしまう。
南極大陸最初の上陸
我々を乗せたソディアックは海岸に集結するジェンツーペンギンのルッカリーを避けて少し離れた海岸に上陸した。昨日のピーターマン島に比べるとこちらの方がペンギンの数が多いように思える。それにこの海岸にいるのはすべてジェンツーペンギンだ。
ジェンツーペンギンは、頭にある白いヘアバンドのような斑紋と鮮やかなオレンジ色のくちばしが特徴だ。ジェンツーペンギンのルッカリーが多くあるフォークランド諸島の人々が昔、インド人のことをジェンツーと呼んでいて、白い頭の斑紋がインド人のターバンに似ていることからそう呼ばれるようになったと言うことである。
ジェンツーペンギンは、数いるペンギンの中で最も温順なペンギンとして知られているだけあって、上陸後、海岸に集結しているところに近づいても、あまり大声を上げたり威嚇の声を発したりすることが少ない。
既に雛は成鳥となって換羽(羽変わり)も終え、白黒模様の綺麗な姿になっている。親鳥に混じって子供同士がフリッパー(羽)をばたつかせて、じゃれあっている姿はなんとも可愛い。子供のペンギンは怖いもの知らずの上に、好奇心が旺盛で、撮影している私の足下に来て長靴をつついたり、三脚からぶら下がったカメラの肩掛けを物珍しげに眺めては、可愛いくちばしでつついている。
暖かな日溜まりで可愛いペンギンを撮影し続けていると、海辺の一角に人だかりが出来て大騒ぎしている。。何ごとが起きたのかと思って行ってみると、なんと、野口氏が仲間の二人と一緒に海水パンツ姿で海に入ろうとしている。いくら日が射していると入っても。ここは南極である。
同行のオーストラリアの人々が驚いて歓声を挙げている。その中を岩崎さんはものの見事にひと泳ぎしてガッツポーズを取っている。回りから一斉に拍手がわき起こる。日本男児の心意気と言ったところか。風邪のすっきりしていない私には眺めているだけでふるえが走った。それにしても、いやはやなんとも驚いたことであった。