高千穂峡
かねてから一度訪ねてみたいと思っていたのが、天孫降臨の地【高千穂峡】と天の岩戸伝説の【高天原】(たかまがはら)であった。
日向の国・宮崎県にあるこの地は、日本の神話に興味を持つ者なら誰もが
憧れる地であるが、写真を撮る私にとっては、そこに広がる幻想的な風景は別の意味でも大変に魅力的であった。
太古の時代、この地を襲った地殻変動で切り裂かれた巨大な岩盤の亀裂、その幅はおよそ20メートルほどだろうか、その裂け目に架けられた石畳の橋の上から眺めると、裂けた岩盤の頂きから流れ落ちる雄大な滝が目を惹く、ほとばしる水塊は薄暗い空間に一条の光の垂れ幕のように輝いて見える。
眼下に目を転じると、ゆったりと流れる川面がうす緑色に輝いてなんとも美しく、心を和ませてくれる。まさにそこには、ニニギノミコトやアマテラス、スサノウといった古代の神々の登場する、日本神話の原風景が広がっていた。うっとりとそんな風景にみとれていると、
太古の世界が走馬燈のように脳裏をよぎった。
この地は高い波動に包まれたエネルギースポットでもあるようで、すがすがしさが辺りを漂い、カメラを手にたたずんでいると、心が穏やかな気持ちになり、
自分が風景の中に溶け込んでいく感覚に襲われた。いつまでもその場を立ち去り難く感じたのは、単なる景観の美しさだけでなく、自身の遠い過去世で、こんな風景の中で一つの人生を送っていたことがあった
ためかもしれない。
神話の世界
私は先に、拙著『祈りの島沖縄・久高島』(自費出版)の中で、久高島における他界信仰に登場する【ニライカナイ】は、かってのムー
大陸を表したものであると述べた。地球規模の大洪水で海底に没したムー大陸から逃れた一部の人々は、東に渡ってマヤ・インカ人の始祖となり、西に流れては、日本人の始祖となる琉球族となった。その後、
彼らは北上して九州の地へと移り住み、アイヌや熊襲(くまそ)となっていった。
東方の海の彼方のニライカナイからやって来たシラミキヨ(男神)とアマミキヨ(女神)は、持参したシマグシナーと呼ばれる棒を立てて
、天から槌、石、草、木を降ろしてもらい久高島を誕生させる話が、琉球地方の【創世神話】の中に登場する。
それは、日本書紀や古事記に出てくるイザナギ、イザナミと呼ばれる2柱の神様による日本列島創造の神話によく似た話である。また、久高島の人々の祖となるシラタルとファガナシーが、イザナギ、イザナミと同じ兄妹である点も不思議な一致点である。
古事記には、イザナギ、イザナミの子供に当たるスサノウノミコト(須佐之男命)が若かりし頃、父母の生地である異境の地・【根の国(ねのくに)】に強い郷愁を感じ、戻りたいと駄々をこねる場面が登場するが、柳田國男は、根の国の「ネ」は琉球の【ニライカナイ】と同じもので、「根」の字が宛てられたために地下にあると
解釈されるようになってしまったのだと、述べている。
つまり、神々の住む【高天原】も【根の国】も元は【地上世界(葦原中国)】と水平の位置にあったのが、高天原を天上に置いたために
、根の国は地下にあるとされる
【黄泉の国】と同一視されるようになったというわけである。
現に、六月の晦日(つごもり)に行われる大祓(おおはらい)の祝詞(のりと)では、根の国は地下ではなく、「海の彼方」または
「海の底」にある国とされている。それは、高天原や根の国がかって自分たちの住んでいた海の彼方の国、今は海の底にある【ムー大陸】である可能性を示しているように思われる。
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後方の橋の先に見えるのが【真名井の滝】である。
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高天原「たかまがはら」
日本神話の中では、太古の時代、日本の国を治めた神々の住まわれた場所を【高天原】と呼んでいる。この高天原については古来より【天上説】と【地上説】に分かれて論議されてきて
おり、地上説の中で代表的なのが鹿児島説と宮崎説で、今も論争が続いている。
天上説
高天原は神の住まう場所であるから天上や天より高い宇宙に決まっており、それ以外の場所を考えるのは不遜であるとする説。本居宣長の説がその代表的なもので、戦前は皇国史観と結びついてこの考え方が主流であった。
地上説
神話は何がしかの史実を含んでおり、高天原も実在した世界を反映しているとする説。現在の歴史学では一般には避けられているが、かっては有力視されていた学説である。新井白石の説が代表的なもので、その根底には「神とは人である」とする考えがある。
古事記を見てみると、その冒頭に【高天原】は「天地(あめつち)のはじめ」に神々の生まれ出た場所としてその名が登場する。
そしてその高天原から争いの続くこの国を最初に治めるためにつかわされた神が、アマテラスの孫にあたるニニギノミコトであったと記されている。
因みに、天孫とは【天の孫】と書くが、それは、最初に高天原から地上界に降臨してきたのが、アマテラスオオミカミの【孫】に当たるニニギノミコトであったからである。また、古事記や日本書紀では、神が住む【高天原】と
死者の住む【黄泉の国】の間にある人間の住む世界を、【葦原中国】(あしはらのなかつくに)と呼んでいる。
となると、【高天原】は天上界にある【神界】を指していた
ものと思えてくるが、一方で、アマテラスオオミカミが治めるよう命じられた高天原の世界では田が耕され、機織り(はたおり)が行われていたという古事記の記述や、スサノウノミコトが田んぼの畦道
(あでみち)を壊したり、糞尿をまき散らすなどの乱暴を繰り返していたという俗世界的な記述を読むと、高天原は地上界の一角であったようにも思えてくる。
こうしてみてくると、日本書紀や古事記を読み解いた学者の間で、高天原の天上説と地上説の二つの説が論争され続けていることの理由が分かるような気がしてくる。
それでは、地上説に則って、高天原が天孫降臨の行われた地上界の特別の地だとしたら、そこはどこの地になるのだろうか。それについては様々な説があり、日本各地にいくつかの場所があげられているいるが、その中で代表的なものが、九州南部
(鹿児島県)の霧島連峰の一山である「高千穂峰」と、宮崎県
日向の高千穂町一帯である。
両者とも古くから天孫降臨の言い伝えが残されているが、高千穂峰の場合は山の名称だけで付近に「高千穂」の地名が無いため、「宮崎県高千穂町の周辺が正しい」と見る向きが多いようだが、どちらの場所が正しいか
、確かなことは分かっていない。
なお高千穂町には、アマテラスオオミカミが隠れた「天岩戸伝説」もあり、実際にその伝説の洞窟も現存している。また、高千穂峡の近くにある高千穂神社では、アマテラスオオミカミが天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、岩戸の前で踊った女神・アメノウズメ
ノミコト(天鈿女命)が舞ったことから始まったとされる【高千穂の夜神楽】が今も行われている。
今回の旅では高千穂神社や、天の岩戸に隠れたアマテラスを外に出すにはどうしたらよいかと、神々が集まって策を練ったとされる、天安河原
(あまのやすがわら)の洞窟も訪ねることが出来たので、それらの写真を
見て頂きながら、週1のペースで日本神話シリーズを掲載していきたいと思っている。ごゆるりと覧頂きたい。
高千穂峡の景観・9景
次回は、高千穂神社とそこで舞われる夜神楽です。