トランプ大統領によるイラン核合意からの離脱を受けて、前回の記事「米国、イラン核合意から離脱発表」で心配していた通りの動きが始まり、世界情勢は一段と厳しさを増して来た。 米国の合意破棄にはドイツ、フランス、英国だけでなく、ロシア、中国も強く反発、ロシア外務省は「米国はまたも多数の国の意見に反する行動をとり、自らの狭い打算と利己的な利益のために国際法の規範を踏みにじった」と避難。
今回の核合意離脱がもたらす問題点を整理してみると、主要な問題点は次のようになる。
@ 米国とEUとの同盟関係に亀裂発生。
A イラン対イスラエルの更なる関係悪化がもたらす中東全体の緊張感の高まり。
B 北朝鮮が核廃棄を本気で実施する可能性をゼロにした。
欧米間の同盟関係に亀裂
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対立激化 |
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フランス、ドイツ、英国の首脳らが次々と米国を訪ね、トランプ大統領に核合意破棄を思い留まらせようとした努力が、今回のトランプ発言で全て水泡に帰しただけに、欧州各国の米国への反発と懐疑心が増すところとなった。 自国第一主義を掲げるトランプ大統領では、同盟関係がいつ反故にされるか分からないという気持ちが強くなっただけに、EU各国首脳はこれから先、米国との関係に一段と強い警戒心を持って対応することになるに違いない。
それを一番喜ぶのは他ならぬロシアと中国である。 米国の孤立化は両者にとって有利となるからだ。 さぞかし、プーチン氏と習近平氏は内心ほくそ笑んでいることだろう。 一方、欧州各国が案じているのは、トランプ大統領が発表したイランに対する制裁の発動である。 180日以内に過去最大級の制裁を科すとしており、その制裁の対象はイランやイランの企業だけではないのだ。
イランと取引をする全ての国、すべての企業が対象となるため、2015年7月の合意以降、イランと取引を始めた企業や、そのための準備に大規模な投資を行ってきた企業は、止めるか進めるかの2者択一を迫られることになってしまった。
米国でも事業を展開している多くの企業にとって、事業の規模がイランに比べて米国の方がはるかに大きいだけに、それが遮断されることになったら会社は倒産に追い込まれてしまう。 それゆえ、イランに対する事業を止めざるを得なくなってくるのだ。
そのため、イランへの事業展開を本格的に始めた多くの企業を傘下に持つ欧州各国は、大きな痛手を受けることになるのは必至である。 だからこそ、ドイツやフランが必死に合意破棄を思いとどまらせようと、これまで努力して来たのだ。
一方、イラン自体も大変である。 米国や欧州などによる制裁で落ち込んだ景気が、核合意成立で回復に向かい、1日当たりの原油輸出量が120万バレルまで落ち込んでいたのが、400万バレルまで回復してきていただけに、これがまた元に戻ることになったら大変である。
トランプ発言を予期した市場では、すでにイランの通過ルピーは下落を始めており、物価が大幅に上昇し始めている。 それだけに、これから先、外国企業の進出が止まることになるようなら、25%以上に達している若者の失業率は今後さらに高くなることは必至である。 そうなれば、融和政策に転換して来ていた現在のハメネイ政権は崩壊し、米国やイスラエルを敵視する右派政権に移行する可能性が大きくなってくる。
イラン:イスラエルの関係悪化と中東の分裂
今回の核合意破棄で一番心配されるのが、イランとイスラエルとの対立である。 イスラエルとの対立は既に長年にわたって続いてきており、いつ本格的な紛争になるか心配されて来ているだけに、今回の合意破棄は大いに気になるところである。
実はその心配がトランプ発言から24時間経たない内に現実化し始めてしまったのだ。 シリアに展開するイランの精鋭部隊が10日、イスラエルが占領しているゴラン高原に向かって約20発のロケット弾を撃ち込み、これに対する報復としてイスラエルがシリアのイラン部隊の軍事施設にミサイル攻撃、30名ほどの死者が出る事態となったのだ。
アサド政権を支援するためにシリアに軍事施設を置くイランに対して、これまでイスラエルはロケット攻撃を何度も行なって来ていた。 しかし、イランがイスラエルの占領地に向かって攻撃することは今回が初めてであった。 こうした報復合戦はこれから先、さらに頻度を増すことになると思われるが、問題はイスラエルが直接イランに向けていつ空爆を実施するかである。
今後、米国を除く5ヶ国とイランとの核合意維持に向かっての協議が難航したり、米国の制裁が本格的に始まり出した時には、ヨーロッパ諸国も手を退かざるを得なくなってくるかもしれない。
その結果、もしも核合意が完全に崩壊することになったら、イランは核濃縮を再開し核爆弾とミサイル開発に本格的に取り組むことになるのは必至だ。 もしも、そうした方向に向かうことになったら、イスラエルは先手を打って、イランの核施設への空爆を開始することになる可能性は大である。
そうなったら、イランと同盟関係を強化しているロシアやトルコが黙ってはいまい。 また中東諸国間の分裂も進んで宗派間対立が激化し、新たな紛争が発生する可能性もある。 「イラン対イスラエル」と、「イランを中軸としたシーア派対サウジアラビアを中軸としたスンニ派」との戦争の始まりである。
北朝鮮の核の完全かつ不逆的な撤廃は100%不可能
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今回の核合意破棄は、キム・ジョンウン氏の決意をさらに固めることになったに違いない。
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今回のトランプ大統領の撤回発表を誰よりも深く受け止めたのは、他ならぬ北朝鮮でありキム・ジョンウン代表であったに違いない。 7カ国協議に合意し、国連からの評価を受けていたというのに、合意からわずか3年も経たない内に、一方的に合意を破棄し、さらに最大級の経済制裁を科すというのだから、キム・ジョンウン氏があわてないわけがない。
今回の離脱を見て、彼は米国との合意は我が身の安全を永遠に保障することにならないことを改めて自覚したはずである。 これから始まる米朝首脳会談では、見た目は負けたふりをしてトランプ大統領を満足させるだろう。 しかし、もしも合意に至ったとしても、必ず合意の裏には隠されたものがあるはずだ。
たとえば核兵器の一部を差出し「全部」と偽る。 また査察を受け入れても立ち入りできないエリアを残す。 そこに製造が完了した核弾頭とミサイルを保管するのだ。 彼は間違いなくそうするはずだ。
なにしろキム・ジョンウン一族は、親子3代にわたって厳しい国家財政の中から資金繰りをして、核とミサイル開発を続けてほぼ完成状態に至ったのだ。 それをおのれ自身の損得によって他国との合意など簡単に反故にするトランプ氏に、全幅の信頼を置くはずがないではないか。
首脳会談は6月12日にシンガポールで開催されることに決まったようであるが、歴史に名を残し、ノーベル賞を手にしたいトランプ氏だけに、完全で後戻りすることのない不逆的な破棄にまでは至らなくても、合意する可能性はある。 そして制裁の解除に動き出すことになるのではなかろうか。
しかし対談の実体は、トランプがキム・ジョンウンの手の上で踊らされる恰好になる可能性は大である。 私はそう考えているがいかがだろうか。