HPの掲載が出来ずにいたこの10日間、様々な情報が世界を駆け巡っていたが、そのほとんどが暗いニュースと悲しいニュースばかりであった。
一方、本当に知りたいニュースは伝えられず、伝えられたとしても大事な点は隠されたまま。 エセ事に覆われた世の中は、益々その度合いを強めていることを実感する日々であった。
その一例が4月29日に発生した福島県・浪江町の山火事のニュースであった。 マスコミは単なる地方の小さな山火事としてわずかに紙面を割いて伝えただけ。 その後、5月に入って発生した宮城県
・栗原市や岩手県・釜石市、栃木県・那須町の山火事については詳しく取り上げられたものの、浪江町の山火事については、消火作業の様子など詳しい報道はないままで終わろうとしている。
実はこの福島市・浪江町の山火事は先月29日に発生して以来、12日間に渡って燃え続け、鎮火したのは
一昨日10日の午後であった。 焼失面積は隣の双葉町と併せて75ヘクタールに達している。
焼失面積が400ヘクタールにも達した釜石市の山火事が3日ほどで鎮火しているというのに、なにゆえ12日間もかかったのか
?。 幾つか要因が挙げられているが、一番の要因は、火災が発生してから消火活動が開始されるまで何日間も、手がつけられないまま放置されていたことである。
それは、延焼地区が東京電力福島第一原発事故に伴う帰還困難区域内であったため、容易に消火活動に取りかかることが出来なかったからである。 ニュースでは堆積(たいせき)した腐葉土の影響などから難航したとしか記されていないが、実はそんな単純な理由ではなかったのである。
現在も帰還困難地区とされているということは、原発事故で発生した放射能物質が今もなお大量に残されていることになる。 そこに大規模な山火事が発生したとなると、地面や
樹木に付着した放射性物質が炎や煙と一緒に上空に舞い上がり、強い風によって周辺の地域に拡散された可能性が大きい。
山火事の被害実体の一部を報道した「日テレnews24」 |
11日の朝日新聞には小さなベタ記事で鎮火の事実が伝えられていたが、肝心な放射能問題については、「放射線モニタリングポストには目立った数値の変動はなかったようだ」と一言記されただけであった。 しかし、そんな簡単な状況ではなかったのではなかろうか。
延焼のエリアが浪江町だけでなく双葉町にもまたがっており、共に帰還困難区域内であった点を考えると、山林一帯に蓄積された放射性物質の相当量が
、周辺地区に撒き散らされた可能性は決して小さくなさそうだ。
案の定、調べて見ると「日テレnews24」には、火災の後に県が設置した
測定器による放射性物質の驚くような測定数値が掲載されていた。 大気中の塵(ちり)に含まれた放射性セシウム
の5月8日の数値が、浪江町では前日の約3倍、双葉町では約9倍に上昇していたというのだ。
注意して見て欲しいのは、ここに記された3倍、9倍という数値は火災発生以前との比較数値ではないという点である。
この数値が火災発生から9日も経過し放射性物質の拡散がかなり広がっていたはずの、5月7日に比べての数値であることを考えると、火災発生以前に比べたら、放射性セシウム値は何十倍になっていた可能性が大きそうだ。
帰還困難区域内の高い数値の何十倍
にもなっていたとしたら、相当量の放射性セシウムが上空を覆い、周辺地区に拡散されていたのではなかろうか。 このところの強風を考えると、風の向きにもよるが周辺の広い地区に影響が及んでいた可能性は否定できないようだ。
一事が万事、こうした形で真相が伝えられないまま闇に葬られてしまうのだ。 政府の発表だから間違いない、NHKが伝えるニュースだから確かだと言う考えは捨てて欲しい。 これから先、様々なニュースが伝えれることになるだろうが、読者におかれては、
政府やマスコミが流すニュースを鵜呑みにされないように願いたいものである。
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