フィリピン・ルソン島のマヨン山は、13日の爆発から既に2週間程が経過したが、噴火活動は一向に衰える兆しがないまま今日に至っている。 同国防災機関は「マグマの上昇が続いており、数日から数週間以内に危険な噴火が起こる可能性がある」として7万人の住民を避難させ、警戒状態を続けている。
マヨン山に関するニュースを書くため資料を探している最中に私の目にとまったのが、下段の図1に掲載させて頂いた2枚の絵と写真であった。 2枚のうちの下の写真(図1−A)は16日に噴火した際に、火口から吹きあがる黒い噴煙が形造った姿を収めた写真である。
そしてもう1枚の図(図1-@)は、マヨン山伝説に登場する二人の男女の姿を描いたものである。 地元では、偶然とらえられた噴煙の形が、古くから伝わる伝説に登場する二人の男女の姿にそっくりだとして注目を集めているのだが、その2枚を見た私も一瞬、唖然とした。
マヨン山はフィリピン共和国のルソン島南部、ビコル地方のアルバイ州にある火山である。 標高は2463メートルで、その周辺一帯はマヨン山国立公園に指定
されている。 「マヨン」とは、ビコル地方の言葉で「美しい」という意味を持つ「
マガヨン」に由来すると言われており、富士山によく似た非常に整った円錐形の成層火山である。
これは噴火が山頂からのケースが多く、山腹からの噴火が少ないためであると言われている。 地元では富士山よりも 美しいといわれ
ている位で、世界各地を旅している著名な英国の旅行者、ヘンリー・サベージ・ランダー氏は、1903年に円錐状の火山を見て「私が今までに見た中で、最も美しい山である
」 と言ったことが伝えられている。...
実は、この美しいマヨン山の誕生には、悲しい二人の恋人たちに関する伝説が残されているのだ。 その伝説は下に記したので読んで頂けたらと思っているが、偶然にも、その伝説に基づいた二人の男女の姿を噴火の始まる以前に、イラストレーターのカービー・ロザンヌが描いていたのである
(最下段に掲載した図2)。
その絵が噴煙が形造った写真の姿にあまりによく似ていたので、ロザンヌさんのファンであった、ニール・エドワード・ディアズさんが、噴煙の写真に合わせてイラストを図1の@の絵のように修正・加工し、Facebookに載せたところ、たちまち31万人の読者が共有。 「伝説は本当の話だったんだ」と感動した人たちによって沢山の「いいね」が送信されるところとなったのだ。
このマヨン山の誕生に関しては次のような悲しい伝説が残されている。
アルバイ州のある村に、ひとりの族長が住んでいました。彼にはマガヨンという名の娘がいましたが、彼女は美しいだけでなく、金持ちにも貧しい人にも親切でした。
マガヨンの美しさと親切さのために、彼女への愛を競い合う求婚者が大勢いました。 彼女は、マタパングという名の若い求婚者と恋に落ちました。
しかし、彼女の父親は隣村を支配していた金持ちで有力者だった族長の息子がお気に入りだったため、娘とマタパングが駆け落ちしようとした時、男たちを遣わして彼らを追うことにした。
川岸で会うことにしたマガヨンとマタパングは、男たちの一団が近づいてくるのを見て、森まで必死に走った。
しかし、暗かったため彼らは道がよく見えず、とうとう二人は、マガヨンの父が遣わした者たちに追いつかれてしまった。 そして、ある戦士がマタパングを矢で打ち、マガヨンの恋人はその場に倒れてすぐに死んでしまった。
恋人が倒れるのを見てマガヨンは深く悲しみ、涙を流しながらも必死に走り続けた。 そのあと彼女はとげのある木に巻かれてしまったが、そこには獰猛で毒を持ったへびたちが住んでいた。 へびたちは彼女に噛み付き、男たちが彼女を救おうと、薬を使っての救助にもかかわらず、彼女もまた死んでしまうこととなった。
マガヨンの父は娘の死を深く悲しみ、マガヨンの遺体は男たちによって死んだ場所に葬られることとなった。 そして、彼らや父親は村へ帰った。 その夜、突然激しい嵐が起こり、雨と雷と稲妻が発生した。 翌朝、マガヨンが葬られたところに
戻った彼女の父は、マガヨンの墓の上が高く盛り上がって、完全な円錐形になった山の姿を見るところとなったのだ。
この伝説は、美しい形をしたマヨン山と呼ばれている火山が二人の男女、マガヨンとマタパングの悲恋の結果誕生した事を伝えている。