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21年前を振り返って思い出すこと
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 21年前を振り返って思い出すこと @


          拙著『謎多き惑星地球』出版に
             秘められた不思議な体験

 
 

 
 


謎の空中都市「マチュピチュ」

長年の希望であったマチュピチュを訪ねて登頂してから早21年。
目の前に出現した遺跡の景観を目にした時の感動は今も忘れられない。

 

 

 

マチュピチュ遺跡から眺めた半月。 月が反転する間、夜空を眺め続けていた。

 

マチュピチュ遺跡

私が勤務先の役員を辞して5カ月後、探索の旅に世界に飛び出したのは1999年11月。今から21年前であった。振り返って見れば、私の 探索は単に数多くの遺跡を訪ねたことや、一つの遺跡の探索の回数が多かったというだけではなく、誰もが体験することのない稀有な体験との遭遇が重なっていた のである。

今回はペルーとエジプトでの体験を2回にわたって振り返って見ることにする。まず最初は、謎の空中都市「マチュピチュ」での体験 である。最初の探索地となった「マチュピチュ」に立った時のことは21年が経過した今でも鮮明に覚えている。 写真で何度も何度も見た謎に満ちた標高が2000mを超える高山都市の景観を前にして、私はしばらくの間、立ち止まったまま呆然と眺めていた。

その後、マチュピチュの地に足を運んだ回数は10回を超している。そうした度重なる訪問の中で忘れられないのが、遺跡の中で夜を過ごした一夜の記憶であった。 そんな体験をなぜ希望したのかというと、太古の時代にこの遺跡で暮らした人々が眺めたであろう「南十字星」を眺めて見たかったからである。

遺跡を訪ねた人の数は何百万人とおられるだろうが、私と同じ体験をした方は稀であったに違いない。 夜を遺跡で過ごすことなど遺跡を管理している役所が絶対に許可しないからである。それが、 著名な学者や研究者ならいざ知らず、私のような凡人が成し得ることが出来たのだから驚きである。

それが出来たのは、当時、クスコに住んでおられたセサル・ラトーレ氏の奥様の尚子さんのお力沿いがあったからである。 私の願いをかなえてもらうために、 尚子さんには何回も役所を訪ねて頂くことになったのだが、なかなか許可は下りず、最後の決め手となったのは役所の担当者の方が、私がアマゾンやアンデスで幾つかの学校を寄贈していた村の出身者であったことであった。

まさに天からのご褒美であったというわけである。そうした経緯で眺めることが出来た南十字星は、「南極」や「アマゾン」から眺めた南十字星も印象的であったが、 それにも勝る景観でその時の感動は今もなお鮮明に記憶に残っている。 インカ以前の太古の人々が眺めた景色を今自分が眺めているのかと思ったら、時間が数万年前に逆行してその地に立っているように感じられてならなかった。

こうして何度も何度も訪ねるたびに、この都市遺跡が学者が言っているように2000年前に、インカ人によって建造されたものなどでないことを確認するところとなり、 教えられ来た人類の歴史の間違いを実感するところとなったのである。

 
 

 
   

マチュピチュに昇る険しい山道。

 

 
 

 
 


マチュピチュに連なるワイナピチュ遺跡 の最高部から眼下を見下ろす。

 
 

サクサイワマン遺跡

 
 

 
 


高さ4m50センチほどの巨石の前に立つ著者。
この巨石は2m以上地下に埋もれているのだ。

 
 

ペルーの遺跡都市クスコには「サクサイワマン」と呼ばれる遺跡があるが、大きさが数メートに達する巨石が立ち並ぶこの遺跡も何度も訪ねた遺跡の一つであ った。

ペルーの遺跡探索はそのほとんどがセサル・ラトーレ氏に同行してもらっていたが、サクサイワマンを訪ねようとしていた時、彼が遺跡の管理責任者で考古学者でもある人物の家が同じクスコにあるので、訪ねてみようと誘ってくれた。そこでお聞きした話は特に驚くような話が出なかったので、少々落胆していたところ、「それではこれから遺跡に行ってみましょう」と誘って下さった。

遺跡に着くと、遺跡を管理しているガードマンたちを呼び集め、彼らにシャベルをもって来るよう命じた。何をするのだろうと思っていたら、持ってきたシャベルを私に渡して、目の前に立つ高さが 4m50センチほどの巨石の根元を掘ってみてくださいと言われた。

世界的な遺跡である立ち並ぶ巨石の前を掘るなど、考えてもみなかったことだけに驚いていると、責任者の私が許可するのだから、安心して掘ってみなさいと繰り返す。それで勇気を出して掘ってみたのだが、多くの観光客が建つ場所であるため地面は結構硬くて難儀したが、なんとか70〜80センチ掘ることが出来た。

そこから先はガードマンに掘ってもらってその深さは1メートル半ほどに達しただろうか。しかし、巨石の底にはまだ達しておらなかった。ということは目の前の巨石は地上に見えている大きさより更に大き く6mを超えていることになる。学者の先生はそれを私自身に確認させて下さったというわけである。

その後 でその方が言われたのは、「こんな巨石を数百メートルも先の谷の底から持ち上げることが出来るわけがないですよね」と、ご自宅で語って頂いた話とは真逆の話をして下さった。私が真剣に歴史の真実を探求していることを知って、この男なら本当のことを伝えてやろうと思われたよう であった。

こんな体験は観光気分で遺跡を訪ねている人物には 、絶対出来ない体験であった。と同時に、学者の中には歴史の真実を知っており、真剣に探究している人物にはそれを伝えてやろうと考えている人もいることを知る貴重な体験となった。これも又、セサル・ラトーレ 氏との縁が取り持ってくれた貴重な、そして極めて稀(まれ)な体験であった。

 
 

 
 


巨石とその上に立つ人物を比較すればその大きさが想像できるだろう。
更に驚くことに、石と石の間にはカミソリの刃が入るほどの隙間もないのだ。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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