ミャンマーにおける少数民族・ロヒンギャ族問題については、「東南アジアの難民問題」「国籍なきロヒンギャ族」「世界各地の避難民たちの窮状」で3回にわたって伝えてきた。 その中
の「国境なきロヒンギャ族」で、アウンサン・スーチー氏について次のように記しておいた。読者は覚えておられるだろうか。
ミャンマーと言えば、野党党首のアウンサン・スーチーさんを思い出す。あれだけの人がなんでこれだけの人権問題に登場しないのか不思議だが、ミャンマーは年末の選挙を控えて政府も野党も仏教徒の票固めのため身動きでない状況にあるようだ。 しかし、事情はどうあれ、海の上で今この時間も次々と命が失われていることを考えると、なんともやりきれない気持ちで胸が一杯である。
6月10日からそのスーチー氏が中国を訪問、5日間の滞在を終えて14日帰国した。今回の訪中は中国の習近平総書記の招待によるものであったようだが、世界的に有名な民主化運動の指導者であるだけに、中国政府の人権問題に触れてもらえるのではないかと、世界が期待していたところ、まったくそれには触れずに終わったようで、各方面から落胆の声が上がっている。
ニューヨーク・タイムズ紙は今回の訪問について、「民主化を促す世界的な代表人物から政権樹立を目指す政治家に変身していることを露呈した」として、「人権問題の闘士」という肩書きに大きな傷を残したと、手厳しいコメントを記している。
また、米国の海外向けボイス・オブ・アメリカは、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」の中国担当者が 「スーチー氏の人権問題に対する沈黙は、彼女の指導者としての信用を損なった」というコメントを伝えている。
今回の一連のスーチー氏に対する強い批判の記事は、私が気にした「ロヒンギャ族への迫害に対してスーチー氏がまったく発言をしていないこと」に相通じている。どうやら、スーチー氏の人権より政治重視の姿勢が国内問題にも現れていることを示している。
確かに秋に予定されている総選挙を考えると、仏教徒が大半を占めるミャンマーで異教徒・ロヒンギャ族を擁護する発言は致命傷になるかもしれないが、民主化運動の指導者としてあれだけ世界に名を為した人物であることを考えると、彼女の動きが納得いかない面を持っていることは確かである。
スーチー氏がミャンマーの軍事政権による自宅軟禁から解放されたのは、彼女の民主化運動に対する評価が世界の人々の心を動かしたからではなかったか。 よもやそれを忘れてしまったのではあるまいに。 英紙ファイナンシャル・タイムズは、2010年に軟禁を解かれてから5年間の政治活動に対して、「神の講壇から降り、政治の世界に戻った」と酷評している。
そうあって欲しくないが、もしも彼女の変身が事実だとしたら、なんとも寂しい限りである。