延べ4日間に渡る講演会を終えて昨日帰宅。東京、帯広、札幌とそれぞれの会場間の移動距離があったことや大変な寒さの中であったこともあり、結構しんどい講演会であった。そんな旅の最後となった札幌のホテルで、昨日驚くニュースに接する事になった。カトリックの総本山、バチカン市国の国家元首であるベネディクト16世ローマ法王退任の報道である。
どうやら、法王は85歳という高齢でこれ以上職務を全う出来ないため、今月2月28日をもって法王の座を退くことにしたようである。私がなぜ驚いたのかというと、法王が在任中に自らの意思で法王の座を退くことは、歴史上大変珍しいことであったからである。バチカン広報によると、1294年に退任したチェレスティーノ5世以来、およそ700年ぶりのことだという。
これから先、次の法王を決めるためバチカンでは「コンクラーベ」と呼ばれる選挙会議が開かれることになるが、投票資格を持つ80歳未満の枢機卿たちは全員、バチカン市国のシスティーナ礼拝堂から一切外出することが許されず、投票日を待つことになる。
投票は3分の2を超える票を獲得した人物が選ばれるまで続き、新たな法王が選出された時には、全ての投票用紙は燃やされ、煙突から白い煙を出して知らせることになっている。
私が法王退任のニュースで驚いたのは、終身制のローマ法王が自ら辞任したということだけでなく、「聖マラキの予言」が頭によぎったからである。マラキと呼ばれる人物は1094年にアイルランドに生まれ
て若くして司教に登用され、その後大司教としてキリスト教伝道に大きな貢献のあったカトリック教の大司教
であるが、彼は12世紀のケレティヌス2世以後の112人のローマ法王の特徴を、ごく短いフレーズで言い当てている人物として有名である。
例えば、97番目の「どん欲な鷲」として「聖マラキの預言」に登場するピオ7世は、「鷲」をシンボルとするナポレオン1世との間に生涯確執が続いた人物として知られている。また、108番目の「花の中の花」の法王はパウロ6世を表した名称であるが、「花の中の花」とは紋章学ではユリの花を意味しており、パウロ6世は即位前、ミラノの大司教を務めていたが、その紋章はユリの花であった。
そして8年前亡くなられた110番目のポーランド出身の法王、ヨハネ・パウロ2世は、「太陽の労働」と名指しされていたが、事実、ヨハネ・パウロ2世は、ヨーロッパの東方、すなわち太陽の昇る東の国から選ばれた労働者出身の法王であった。
問題はこのマラキ大司教が残した「聖マラキの預言」と呼ばれる書では、112番目の法王がローマ教会の最後の法王となっていることである。つまり、現在の「オリーヴの栄光」と呼ばれるベネディクト16世の後を継ぐ新たな法王の在職中に、ローマ法王庁は終わりを告げることになるというわけである。
その点について聖マラキの預言では、次のように述べられている。
「ローマ聖庁が最後の迫害を受ける間、ローマ人ペテロが法王の座に就く。
「ローマ人ペテロ」は多くの艱難の最中、子羊を司牧する。この苦難が去ると7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下される。おわり」
大司教マラキの残された預言が正しいものなら、これから登場する「ローマ人ペテロ」と名指しされた112代目の法王は、ローマ法王庁の最後の法王として、フリーメーソン系の人々に乗っ取られた法王庁の中で孤軍奮闘し、子羊たちに真のキリスト教の教えを広め、ローマを追われる法王となる運命を担っているようである。
最後の111、112代法王の時代には、反キリストのマイトレーヤが登場して裏で人々を惑わすという説もある。いずれにしろ、この最後の法王
「ローマ人ペテロ」は多くの艱難に遭遇することになるようであるが、その最後には7つの丘、つまりローマの町は崩壊し、人々にはかってない厳しい審判が下されることになるようである。
この審判の対象となるのは、イエスが説いた教えから大きく逸脱した教義を世に広めたローマ法王庁の人々だけなのか、それとも、その誤った教えを信じ続けてきた
多くのキリスト教徒もその対象となるのかは判然としないが、12億人を超す
信者を持つキリスト教会の混乱は、世の中を騒然とさせることは間違いなさそうである。
因みに、「7つの丘の町」とはローマではなくニューヨークを指す言葉であるという説もある。この考えに立てば、間もなくして、賭博場と化したニューヨークのウォール街で為替や株式を扱って世界の金融市場を動かしている人々に鉄槌(てっつい)が下ることになるのかもしれない。
彼らはイエスがゴルゴタの丘で糾弾した、貨幣の兌換を商いとしていた人々そのものであるからだ。