財政危機下にあるギリシャ政府と連立与党は9日、欧州連合(EU)などが求める財政再建策の全てを受け入れることで合意した。これを受けてユーロ圏各国の財務相会議名開かれ、ギリシャ議会での法案の通過を条件に、ギリシャへの第2次支援金1300億ユーロ(13兆円)の支払いを実行することを決めた。
週末のギリシャ議会で財政再建策が可決されることは間違いないので、あとは民間金融機関との50%債務削減案が合意されれば、ギリシャは月内に、EUから支援を受けることが出来る。これで、3月20日に返済期限を迎える145億ユーロ(1兆4500億円)の返済は可能となり、国家破綻は避けることが出来る。
しかし、今回の財政再建合意を受けてのデフォルト回避は、単なる一時しのぎに過ぎず、これでギリシャの債務危機が決して消えたわけではないことを忘れてはならない。なぜなら、ギリシャが抱える国債という名の借金が全て消えたわけではないからである。
残された国債は25%という高利貸しもびっくりするような利息が付いたまま、依然としてその多くが残されており、EUからの支援金をこれらの返済の一部に回したとしても、EUに対する借入金が13兆円増えて20数兆円となって残ることになるのである。
つまり、今回のEUからの支援は単に借金の狩り先が銀行などの国債購入者からEUに代わっただけで、借金地獄の財政には何も変わりはないのである。変わるのは、公務員の1万5000人の削減と最低賃金の20%引き下げ、民間の賃金カットなどにより、国民の生活が一段と厳しくなるという点だけである。
国債発行は借金地獄の始まりだ
そもそも、国家が国債発行という手段を使って借金をすることを何年か続けたら、国家財政の破綻は必ずやって来るのだ。ただその時が何時になるかだけの問題である。その訳を簡単に説明しよう。
個人が住宅取得や車の購入のために借金するのと、国家が借金するのとはまったく意味合いが違うのだ。個人の借金は収入増や生活費の削減を目途に20年、25年で返済するという計画があっての借金である。しかし、国家の借金は返済の目途が全くないのに借り入れているのだ。しかも、借入金(国債)の大半は福祉厚生や生活保護などに回されるため、税金の増収にはまったくつながらないのだ。
国は借金を全て使い切って1年が経過すると、また国民から新たな要望が出され、そのためにまた新規に国債を発行することになる。更に借入金残高(国債残高)が増えてくれば利息も大変な額になってくる。つまり借金は年々増え続け、よほどの好景気が10年、20年と続いて税収入が増えない限り、利息と元金は決して減ることがないのである。だからこそ91%の国民が今回の債務削減処理に反対を表明しているのだ。
その典型的な例が我が国である。借金の総額は既に900兆円(対GDP比200%)を超して来ており、その額は42兆円の税収入の何と20倍にも達してしまっているのである。つまり、簡単に言えば、500万円の年収のサラリーマンが1億円の借金をしたのと同じことであるからして、元金どころか利息さえ支払い不能になって当然である。ただ国家という名において、その実体を隠し通してきているだけである。
ギリシャは国債の購入先の80%は外国の銀行などであるから、国家がデフォルトしてもギリシャ国民の損失はわずかですむが、我が国の場合はそうはいかないのだ。なぜなら、購入先の90%が国内の銀行や企業であるからである。従って、もしも、デフォルトともなれば、国内の銀行の全てが破綻し、国民の財産は一瞬にしてその多くが消えてしまうことになるというわけである。
それではその時期は何時になるのか? せいぜい持って4年がいいところ。だから最近、デフォルト論議が日本でも密かに始まり出しているのだ。しかし、国家には破綻を防ぐ手段が一つだけ残されている。それはハイパーインフレを引き起こすことである。それによって、借金を何百分の1に減らしてしまうと言うわけだ。
これとて、国民にとっては地獄の到来に変わりはない。つまり、持ち金を銀行に預けたり、国債や株式を購入するという従来の手段に頼っていては、いずれ手元からお金が消えてしまうことには変わりがないからである。
いやはや困った時代になったものである。金持ちは地獄に落ち、貧乏人は地獄の淵に留まる。そんな時代が目の前にやって来ているのだ。どうやら「生者が死者をうらやむほどの艱難」とは、自然災害だけを指しているわけではなさそうである。