「一人っ子政策」の問題点
アメリカにしろ、中国にしろ、また日本にしろ、どこの国でも社会の裏側には、暗い一面が存在しているのが常である。その代表的な一つが、誰もが知っているアメリカの人種差別問題であるが、中国に
も、あまり世間に知られていないが、同様な一面が存在している。それは「一人っ子政策」の裏で起きている人権を無視した悲惨な実体である。
「一人っ子政策」というのは、中国政府が30年程前から採用している人口抑制政策である。子どもが一人だけの家庭には優遇を与える反面、2人以上の家庭には住居や税金などの負担を重くすることにより、人口抑制を図るというもので、まさに、我が国の「少子化政策」の裏返し版である。
一人っ子政策は多くの子どもを望む夫婦の権利を制限し、政策に違反した夫婦に超過出産費を徴収するなどしたため、政府のこの政策には反感を持つ人が多く、また、人工流産や男子選好、嫁不足などの
多くの非人道的な問題や社会的軋轢(あつれき)が生まれている。
次は私が現役当時に聞かされた、「一人っ子政策」にまつわる奇妙な話である。
取引先の会社の中国駐在の社員が、中国のある地方都市で交通事故を起こし、警察に連行されるところとなった。スピード違反による事故だったので、警察から厳しく責任を追及されていたところ、突然、取調官の態度が変わり、驚いたことに、無罪放免として釈放されることになった
というのである。
事故を起こした本人は、その理由が分からず、あとで問題になっては困ると思って東京の本社の役員に連絡をしてきたというわけである。その後、会社では、手を尽くして無罪放免の理由を探ったところ意外のことが判明することになった。
当時、中国には、実際にこの世に誕生しながらも、戸籍に入れられない子供や、重税が課せられるのを恐れて、外部に預けることになった子供がたくさん出現していた。そうした子供は「闇の組織」によって引き取られることになるのだが、当然その子らは住民登録されることはない。それが、「闇っ子(黒孩子)」と呼ばれている子供たちである。
農村では、2人目を生んだ場合は、出産費・産休期間の賃金カット、多子女費や超過子女撫育費という罰金が徴収される一方、都市部では、一般人の給料80ヶ月分と法外な罰金、「8万元」
(約100万円)が課せられることになるわけだから、「闇っ子」が大量に誕生することになったのは、至極当然の成り行きで
あった。中国で8万元と言ったら大金である。
こうして誕生した「闇っ子」たちやその後成長した大人は、教育、医療などの行政サービスを受けられないだけでなく、交通事故にあっても事故扱いとされることはないのである。なぜなら元々彼らはこの世に存在しない人間であるからである。つまり、知り合いの会社の社員が起こした交通事故の被害者は、幽霊的存在の「闇っ子」であったというわけである。
これでは、警察も加害者を無罪放免するしかなかったわけである。既にこうした無国籍の人間が数千万に達している可能性が大きいことを考えると、日本に不正入国して重大事件を起こした者の中に
も、「闇っ子」として不遇な人生を送っている人間が含まれているの
ではないかと思われる。彼らは元々国籍がないのだから、不法入国で偽のパスポートで日本にいる方がむしろ存在感があることになるからだ。
「一人っ子政策」がもたらした悲劇
「一人っ子政策」には、こうしたケースとは別に、宝物の一人っ子(特に男児)をさらわれたり誘拐されたりする悲惨な事件の発生も引き起こしている面があるようである。色々調べてみると、子供を授からない親たちの求めに応じる闇の
「人さらい」集団が存在しており、特に男の子がその対象となっているようである。
大紀元ニュースは、さらわれる児童の数が年に20万人に達していると言うから、ただごとではなさそうだ。問題は、こうした事実が表に出ないという点である。なんと、被害者が届け出をしても警察が取り合ってくれないケースが多いのだと言うから
、またまた驚きである。
その理由には、2つある。第1点は、政府の「一人っ子政策」が抱える問題点
で、つまり、もし第1子が女児だと、家を継ぐ男児を生むことが出来ないという点が、表面化することを恐れるためである。
第2点は、届けを受理すると、子供を発見できるケースが非常に少ないために、各警察の検挙率が下がるためであるという。日本人の目から見れば、開いた口がふさがらないような話であるが、決して
それが絵空事でないことは次の大紀元ニュースを見てもらえれば分かるはずだ。
子供を失った親たちは、ネットなどで我が子の写真を公開し、救出の手がかりを探すものの、その努力の多くは実ることがないようである。北朝鮮による拉致事件の被害者家族と同じ辛い思いをしている親が
、数百万人に達していることを考えると、やりきれない気持ちになってくる。
共産中国政府の実行する施策の中には、こうした人の命をないがしろにした施策が幾つか存在しているようである。人口増加を抑制するために、やむを得ず採用した政策に違いないが、政治の力で人口を制御しようとする政策には、痛みが伴うことになる。それゆえに、いつかその反動が大きな社会問題として爆発し、中国社会を揺るがす可能性は決して小さくないように思われる。
中国人口統計年鑑によると、5歳児までの男女の比率は、女児100に対して、男児120である。出生男女比は国際的基準で106:100が正常とされていることを考えると、そこには、いかに人工的な手がが加えられているかが分かろうというものである。
第1子が女児の場合は闇に葬り去られている可能性がより大きいというわけである。
こうした数値から予測すると、誕生する子供の20〜30%が「闇っ子」となっている可能性があり、人口抑制政策が実行に移されて以来、すでに30年が経過していることを考えると、現在無国籍の人口は、相当の数に上っているようである。
ある意味では、「中国の一人っ子政策」はアメリカに於ける黒人やヒスパニック系の差別より、はるかに非人道的で悲劇的な一面
をもっているようである。
大紀元日本社が昨年の9月に伝えたニュースをご覧頂こう。
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中国:年間20万人の児童が行方不明、我が子救出に奔走する親たち
【大紀元日本9月5日】中国は、生まれてくる子どもは男子を望む傾向が強く、一人っ子政策がそれに拍車をかけてきた。様々な理由で子どもができず、さらに男の子を望む中国人の中には、人身売買に解決策を求めている者も多いことから、闇業者がはびこり、誘拐が多く発生している。専門家によれば、年間20万人の子どもが行方不明になり、親元に戻れるのはわずか0.1%であるという。
当局は「一人っ子政策」の根幹を揺るがしかねないと恐れ、こうした事件の処理に消極的である。町の景観に影響するという理由で、チラシの貼り付けも禁止している。
大勢の親はわが子を捜すために全財産をなげうち、藁にもすがる思いでわずかな手がかりをたよりに全国各地に足を運んでいる。そうした親たちは、想像を超える困難に直面している。
湖北省から広東省深セン市に出稼ぎに出ている彭高峰さんはその中の1人。
彭さんは、市内で小さな電話ショップを経営している。2008年3月25日午後7時半、4歳の息子が行方不明になった。ショップの前で遊んでいた息子から目を離した数分間の出来事だった。
彭さんは派出所に通報したが、条件を満たしていないと、事件として対応してもらえなかった。家族、親戚全員で周辺を捜索したが、有力な手がかりはない。近くに設置された監視カメラを調べようとしても、関係者は誰も応じてくれなかった。その日を境に彭さん一家の生活は一変した。
現状打開のために同様に子どもが行方不明になったほかの6人の親と共に、中央政府への陳情を試みたが、北京駅についた途端、待ち伏せしている地元警察に強制送還された。情報は事前に漏れたようだ。陳情は失敗に終わったものの、地元警察はやっと重い腰を上げて、監視カメラを調べるなど捜査に着手した。後に、自宅付近の監視カメラに息子が誘拐された場面が写っていたことが判明した。
「五つのカメラはその一部始終を捉えた。犯人は30歳前後で黒のジャケットを着る男性だった。息子は抵抗した。懸命に犯人の手を払って地べたに這いつくばったが、結局連れて行かれた」。その場面を思い出すと、今でも胸が切り裂ける思いだという。
自分で我が子を探すしかないと覚悟した彭さんは犯人が写った映像をインターネットで公開し、10万元の懸賞金もかけた。息子が明らかに誘拐されたと分かっていても、当局は積極的に動かなかった。なぜなら、このような事件の解決は難しく、捜査すれば検挙率が下がり、ボーナスに影響が出るからという。
それから4ヶ月間、彭高峰さんは全国各地に訪れ息子を探し続けた。その間、大勢の同じ境遇の親と出会い、失踪児童捜しの互助会を立ち上げ、互いに情報を交換している。すでに千人以上が登録しているという。多くのボランティアも参加している。
この方法は効果があるのかと聞かれると、彭さんは「様々な困難と立ち向かっている。毎年20万人の児童が行方不明になっているが、見つかるのはわずか0.1%。中に諦める親もいる」と語った。
彭さんはその間に遭遇した辛い体験を語った。
広西省を訪れた際、誘拐情報を得たため記者と一緒に子どもを買う側に扮して人身売買の闇業者と接触した。その業者から家にいる約4歳の女の子と10ヶ月の男の子は皆買ってきたと告げられたため、彭さんは現地の警察に通報した。
警察は対応を拒否したが、記者が同行していると知り、2人の子どもを救出した。しかし、しばらくして、両親が見つからないとの理由で、警察は子どもたちを闇業者に返したという。「警察はDNAが親と一致してから、迎えに行くと言っている。しかし、闇業者にまた売られてしまう危険があるのに」と彭さんは憤りを隠せなかった。
彭さんは今、経営するショップを「尋子店」(子を探す店)に改名し、店頭に20平米もある大きな看板を立てて、中に「楽楽(息子の名前)、お父さんは決して諦めない。地の果てまで行っても必ずあなたを探し出す」と書かれている(写真下)。 全国で今このような店が増えている。