数日前、福知山や京都などが突然の集中豪雨で洪水に見舞われたばかりの西日本、今度は広島が1時間に120ミリの豪雨で、土石流に見舞われ、50人近い死者と行方不明者を出す大災害に見舞われた。
8月に入って以来、続けざまに襲来した台風11号、12号により、四国地方では累計雨量が1300ミリを越す、驚異的な豪雨に見舞われ、その後も全国的に、特に西日本では晴れ間のない天気が続き、今回の広島の大災害となった。
1300ミリの雨量というのは、地面がコンクリートで覆われていたら、そんな集中豪雨に遭遇した町や村一帯は1メートル30センチのプールの中に沈むことになるほどの雨量である。それを考えたら、先に四国地方を襲った豪雨が尋常なものでないことが分かるはずだ。
こうした信じ難い集中豪雨は、今や日本のどこで降ってもおかしくない状況になっているのである。ところが、テレビ見ていていると災害の都度、「まさか自分の町がこのような豪雨に見舞われるとは思わなかった」とか、「まさかあの裏山が崩れるとは思わなかった」という、被害者の「まさか発言」話を耳にする。
それはとりもなおさず、いま地球の気候が完全に狂い始めており、雨であろうが、雪であろうが、風であろうが、その全てがかってない、記録的な規模になっていることを、まったく理解していない証拠である。今もなお多くの人が、テレビに映
し出される映像を見ながら、それは皆、よそ事であり、他人事であると思い続けているのである。
災害ニュースを掲載するたびに記してきたように、いま我々が遭遇している自然災害はその多くが、浄化のためであり、超巨大災害の到来を知らしめるため
のものである。天は、これから先にやって来る巨大災害はもはや避けられないため、我々に1日も早く心の準備をして欲しいと願っているのである。
私がこれまで十数年間にわたって、著書や講演会、HPで地球規模の巨大災害の到来を訴え続けて来たのもそのためである。しかし、どうやら気づかぬ人は最後まで気づかずに終わってしまうことになりそうである。自由意思で生きるのが天の掟であることを考えれば、それもやむを得ないことかもしれない。それにしても、あまりに気づきの遅い愚かな人間どもに、天の神々も
あきれ果てていることだろう。
広島が大災害に見舞われているちょうど同じ頃、米国は南西部のアリゾナ州のフェニックス北部一帯は、広島同様、1時間に125ミリの激しい豪雨と落雷に見舞われ、自動車専用道路が冠水し、住宅や車が水に押し流されていた。
その様子を見ていると、同じ125ミリの降雨でありながら、町を襲う濁流の凄さは我が国のそれとは一桁違うように感じられる。家や車が流される様子や水に浸かった車から危機一髪救助される姿は、我が国の放送ではあまり見ることのない凄さである。平地と山地の違いだろうか。
日本と米国との違いは、それだけではない。豪雨に襲われているアリゾナ州の西隣のカリフォルニア州では、記録的な乾燥化で山火事が発生しているのだ。
同じ日に豪雨と山火事、遠く離れた西海岸と東海岸の災害なら分かるが、広大な米国とは言え、隣接した州で鉄砲水と山火事が同時発生するのはいくら何でも異常である。
元々、南西部や中西部は夏のこの時期は乾燥化するエリアである。西海岸で発生したトロピカルモンスーン(アリゾナモンスーン)が今年は異常に発達して、南西部を襲っていることが要因のようであるが、それにしても、米国のあまりに多発し続けている自然災害は尋常ではない。