昨年の6月以来混乱が続いていたエジプトでは大統領選挙が終わり、シシ前国防相が90%を越す圧倒的な支持を受けて当選。新しい政権の下に世直しが行われることになった。エジプトはムバラク元大統領の下で長い間独裁的政治が行われてきていたが、3年前の2月、民主化を求める若者たちが中心となった大規模なデモが起き、ムバラク政権が崩壊した。
「アラブの春」と呼ばれた民主化運動の幕開けであった。
その後2012年の6月の大統領選挙で選ばれたのがムスリム同胞団出身のモルシェ氏、しかし、イスラム的宗教観に傾斜した政策を進めたこともあって国民の反発を買い、昨年の6月にわずか1年で退陣に追いこまれ
てしまった。この時陰で動いたのがエジプト軍のトップ・シシ国防相であった。
問題はシシ大統領の率いる新政権が、3年余のデモや暴動で疲弊したエジプトを早急に立て直すことが出来るかどうかという点である。
注意しておかなければならないのは、90%を越す高い支持率を得たとはいえ、国民全体から高い支持を得たとは言えない点である。
モルシェ前大統領の退陣劇を不服とするムスリム同胞団などが選挙の実施に反対したため、投票率がわずか45%と
極めて低い数値となってしまったからである。投票日の1日を休日にしたり、選挙期間中に投票日を1日追加し通算3日とする異例の措置を講じたのにも関わらずである。
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直面する課題
新政権が直面する主要課題としてあげられるのが、治安の回復と経済の立て直し、財政再建の3点である。
@ 治安の回復
選挙の結果を単純に見れば、デモや暴動で疲れ切った国民の多くが軍の力を持って治安を回復するのが一番と考えたように思えるが、新大統領がこれから先も、軍事力を背景に反対勢力を力づくで押さえようとするなら、治安はむしろ悪化する可能性が大である。
特に軍部の力を背景に逮捕・収監したムスリム同胞団の内、約1200人には死刑判決や無期懲役という厳しい判決が下りているだけに、それが実行されることになった時には、一波乱も二波乱もありそうである。シシ氏が暗殺を危惧して大統領選挙期間中、一切街頭演説を避けていたことからも
現在の状況が一触触発の不安定な状態にあることがうかがえる。
A 経済の立て直し
経済問題は新大統領が軍部出身であるだけに治安の回復以上に難しそうである。現在一番の問題点はインフレ問題である。中でも、食料品
価格は4年前に比べて40%上昇してきているだけに高いインフレを押さえながらの景気回復は難問である。
また失業率の高い点も、モルシェ前大統領の失職の要因となっただけに、頭の痛い問題である。アラブの春以前の2009年には9%を割っていた失業率は2011年以降一気に上昇し、現在は14%近くに達している。
失業者の4分の3が30歳以下の若者が占めているので、早急な改善が不可欠だ。先ずは10人に1人が関係していると言われる観光業の復興が急がれるところ
だが、今はギザのピラミッド群の前に立つことすら出来ない状況にあり、観光客数は2010年比で35%減となっている。先ずは治安の回復が急務
だ。
B 財政赤字と外貨不足
これまでは、サウジアラビアなどの支援で財政赤字と外貨不足問題は何とか乗り切ってきたが、これから先はIMF(国債通貨基金)からの支援を受けることになりそうである。問題はIMFからの融資の条件が財政改革である
点である。そのため、IMFから融資を受けようとするなら、国民一人一人に大きな痛みを強いることになる。
貧困層の国民がこれ以上の生活苦に耐えることが出来るだろうか? 大変難しそうである。
こうして見てみると3つの課題のどれもがみな、容易に解決できる問題でないことが分かる。国民はみな早急な改革を期待しているだけに、来年の今頃までに目立った回復が見られないと、再び大規模な民衆デモが再発することに
なるかもしれない。
もしもそのようなことになれば、これまでのようなデモや騒動で終わることはなさそうだ。その時エジプト国民はシリアと同様な地獄絵を見ることになるに違いない。もうこれ以上、政変劇の繰り返しは許されないからである。それは「アラブの春」ならぬ「アラブの冬」の始まりを意味し、エジプト一国にとどまらず、中東全域の
「終わりなき混乱」への始まりとなりそうである。
これから先も、エジプト情勢からは決して目を離さないようにしておいて頂きたい。