九州の熊本、大分、佐賀を襲った大豪雨で開催が心配された福岡講演会が、14日、無事行われた。福岡県南部の大牟田市に住む4名のスタッフは交通渋滞を見通して早朝8時過ぎに家を出たのに、通常だと1時間ほどの距離を6時間近くかかって2時過ぎに大野城の会場に到着。
九州新幹線と高速道路が閉鎖され、残されたただ一つの交通手段が国道を走ること。それも水が溢れて迂回に次ぐ迂回の連続で大渋滞。走りながら周囲を
見回すと、住宅街から田園に至るまで一面水の中。筑後川やその支流を渡る際には、欄干に押し寄せる津波のような水のうねりに、生きた心地はなかったという。
講演参加者の皆さんも同様な厳しい状況の中、80%を上回るの方々が無事到着し、講演を聴いて頂くことが出来た。雷鳴と叩きつけるような雨音が講演会場の中でも聞こえる。講演の主要テーマであった「ウォータークロック」の到来の話を聞いて頂くには、まさにこれ以上はないという環境。語る方も聞く方も共にいやが上にも力が入る。
これから先、月日を追うごとに記録的な豪雨が次々と日本列島を襲うことだろう。今回の福岡講演会がかって経験したことのない集中豪雨による被害が広がる中で行われたことが、それを裏付けているのではないか。私にはそう思えてならなかった。
宗像大社訪問
2日ほど福岡に留まった後、ワイタハのポロハウ長老にお会いするため神戸に向かった。「ウォータークロック」の行く末をお聞きするためである。その前日、訪れたのが福岡県の北部にある宗像大社
(むなかたたいしゃ)。
天照大神が歴代天皇のまつりごとを助け祭祀を行うために降ろされた3体の御神子を祀っておられるのが、宗像大社である。この大社は3つの場所に分かれて鎮座している。福岡市と北九州市の中間にある宗像市、そこには宗像大社の総社(辺津宮)があり、沖合10キロの大島には中津宮があり、さらに40キロ先に浮かぶ沖ノ島には沖津宮が置かれている。
今回訪れたのは総社・辺津宮の本殿・拝殿、第2宮、第3宮、高宮祭場である。御祭神は3人の神子の内の市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)。
因みに、中津宮は湍津姫神(たぎつひめのかみ)、沖津宮は田心姫神(たこりひめのかみ)が御祭神である。連日の雨が止み福岡市内は久しぶりの晴天であったが、大社に近づく頃からにわかに雲行きが怪しくなり、駐車場に車を止めた直後から雨が降り出した。
先日来のような豪雨になるとは予想もしなかった私たちは、気楽な気持ちで本殿に向かった。ところが、太鼓橋のかかった心字池を渡った頃から雨脚が強くなり出し、本殿での参拝を終え、第2宮、第3宮に到着した時には空は暗
くなり滝のような雨が降り始めた。瞬く間に神殿の周りは池と化して身動きが取れなくなってしまった。
第3宮でく雨宿りをして水が引くのを待ったが、一向に雨脚は収まる気配がないので、びしょ濡れになるのを覚悟して高台にある高宮祭場に向かうことにした。
祭場は御神子の降臨の地と言われ、沖ノ島と並んで神聖な場所とされている。進むにつれさらに雨脚は一段と激しくなり、小石をひいた参道にも水が溢れ
て小川と化していた。
どうにか祭殿前にたどり着き、祈りを捧げようとしていると、バケツをひっくり返したような豪雨が降り注ぎ、頭上では耳をつんざくばかりの雷鳴がとどろ
き始めた。周囲は真っ暗、とても昼とは思えないほどの暗闇である。そんななんとも異常な天候の下での祈りと相成った。祈りの最中に心に浮かんだのが、ポロハウ長老の語るウォータークロック
がもたらす様々な洪水の場面であった。
昨年出版した2冊の著書『龍蛇族直系の日本人よ!』『世界に散った龍蛇族よ!』を世に出すことになったきっかけは、一昨年、福岡に住む娘夫婦に誘われ
た高千穂峡訪問であった。今回ポロハウ長老にお会いし、ウォータークロックの行く末をお伺いしようとしているその前日、再び娘夫婦に誘われて訪れた宗像大社
での異常なまでの豪雨は、やがて遭遇することになる巨大水害を暗示しているように思えてならなかった。
これから遭遇することになる地球規模の自然災害は、地震、噴火、津波、干ばつ、竜巻、熱波 ・・・・・
様々な形で襲来することとなるに違いない。しかし、その中で最も劇的な大災害は水に関わるものではないかと思われる。九州各地に被害をもたらしているゲリラ豪雨もその前兆に過ぎず、やがてやって来る本番に比較したら、まだまだ子供の火遊びに過ぎない程度ではなかろうか。
翌日、神戸でお会いしたポロハウ長老によると、昨日の豪雨との出会いには私の守護霊である金龍と長老の守護霊・青龍
による意図的な面があったようである。祭殿での祈りを終えた直後に、あの大雨が嘘のように止み、青空が見え出したのはそれゆえであったのかと得心がいった。
長老によると、九州一帯は水神の傘下に属しており、宗像大社の3体の神々はやがてやって来る水害から人々を守る役割を担っているようである。対談の詳細は
改めて講演会でお伝えする予定である。